日本のイワナは、のぼりイワナと呼ばれている、降海型イワナ。一般名では"アメマス"がこれに当たる。成長した親アメマスは河川に遡り産卵する。これに対して、いつきイワナは河川で生活して、河川で産卵する河川型イワナ、一般名では"イワナ"と呼ばれている。
どうやら問題はアメマスとイワナの関係を明らかにすれば事は解決しそうだ。
そこで、アメマスの世界における分布域を調べてみると、北限はカムチャツカ半島から沿海洲、南限は日本の本州である。
我が国がアメマスの南の果てにおける棲息地ということは、より寒冷域を好むイワナ、
アメマスの性質がイワナの正体を解く重要なポイントになりそうだ。
※右上写真:いつきイワナの顔(雄イワナ・河川型)イワナに魅せられ、人生を棒に振った、
かつてのイワナ職漁師、イワナ浪漫に狂わされた釣り人は私ひとりではあるまい。
私のアメマスを釣った記録をみてみると、太平洋側では那珂川、利根川、日本海側では新潟県あたり。それより南の渓流ではイワナのみで、
河川にはアメマスの姿はない。
アメマスの北志向は強く、北東北から北海道にかけて、海と河川が繋がっている渓流では産卵期になると、アメマスの遡上が開始される。
日本におけるアメマスの本場は北海道に間違いない。
舞台となる北海道、増毛山塊の9月。アメマスの本格的遡上には早いものの、すでに全長50㎝クラスの魚はペアを組み、
産卵態勢に入っている。周辺には20㎝前後の魚が待ち構えている。オスのアメマスは周りを遊泳し、近づいた小魚を追い散らしている。
そのすきを見計らい他の小魚がメスのアメマスに寄り添っている。すかさずオスのアメマスはメスのいる場所に戻る。こんな最中、
アメマスは大口を開き、産卵と放精を開始したところに、すきをついて小魚が産卵行動に加わっていた。
良くみれば渓流にはところどころに番(つがい)になったアメマスがいて、先ほどと同じパターンを繰り広げている。小魚は釣り上げてみると、
エゾイワナと呼ばれている、本州のイワナである。
アメマスの"種"を考えてみれば、アメマス同士の産卵は当然の行為だが、アメマスの産卵行動にイワナが参加した事実を考慮すると、
同じ仲間同士での産卵であることに相違ない。
結論を急ごう。アメマスの遡る河川で、産卵、孵化、稚魚誕生。この一連の河川生活に変化はないが、産まれてから三年目の春、銀白色化(銀化)
した全長18㎝ぐらいに成長した、アメマスが変態して降海する、若者たちの群れを確認できる。
銀化した一団は確かにアメマスだが、河川にはもうひとつの一群がのこされている。この魚は降海する銀化アメマスより、
やや大ぶりで20㎝程度、体側には幼魚紋(パールマーク)がある固体だ。この魚こそアメマスの河川型である。
つまり、同一のアメマスから生まれた兄弟、姉妹の子供たちの中から、海へ旅立つ降海型アメマス、
河川に残留する河川型アメマスに別れてしまう。運命の別れ際を左右する要因とは、一年目から二年生の春までに、
成長の良い個体から河川型になる。銀毛したアメマスこそ、大海を回遊することを許されたエリート集団なのだ。然るに、
河川型アメマスがエゾイワナであり、四年魚、五年魚になると、体側に朱点(橙色)ができる、
本州の山奥に生息しているイワナそのものに変身する。
以上の出来事を更に考察してみれば、春先から水温が上がる南の渓では当然アメマスの成育は活発になり、
北の渓に較べて河川型が出来やすくなる確立が高くなる。これらの事実を証明する旅がカムチャツカ紀行で、
アメマスの本場では天然河川における春の水温は極端に低く、カムチャツカ全流域に河川型アメマスの姿はなく、
すべてのアメマスは降海型だった
。
北海道の渓から本州内陸部の渓谷に舞台は変わる。次なる問題は親アメマスの遡上が途絶えた渓流にすむイワナの謎に挑む。
日本列島が寒冷地だった頃、北方からアメマスが河川に遡上してきた。渓流の上流では産卵し、生まれたアメマスは成魚となり降海した。
当たり前の生態系が地球規模で起こる温暖化の影響から、河川へアメマスが遡ることは無くなった。言い換えれば、
アメマスの遡上できる河川水温が確保出来なくなったのであろう。あるいは近代までアメマスは河川にいたかも知れない。
私のアメマス釣りは関東では那珂川・利根川までで、それより西の太平洋側では釣り上げていない。いつ頃、
アメマスが河川から不明になった事実を確認する、手づるを私は知らない。
いずれにしても、本州での親アメマスは北東北以外の河川から消えてから久しい。しかし、アメマスの河川からの撤退時における、
"したたかさ"といえる未来への遺産を得ることに成功した。冒頭で申し上げた通り、
世界分布域におけるアメマスの南限地が日本列島なのである。その理由から、種を守る伝(つて)とする、
河川型イワナを雌雄共に渓流に残留させた。それは、アメマスが今も大量に棲息しているカムチャツカ、サハリンから遠ざかるにつれて、
春の雪解けは早く、渓流には水生昆虫類の活動が促進され、アメマスの稚魚は盛んにエサを食うことが出来る。それゆえに魚の成長は良好、
三年魚(満二年)の河川型イワナを生じやすい環境だからアメマスは河川型になりやすい。
かつて、本州奥地の渓谷でもアメマスは遡上していたに違いない。けれどもアメマスの南限棲息地だから、河川型同士での産卵を可能にした。
この河川型が"いつきイワナ"の正体である。
体側に白点の在るアメマスと、白点に変わる朱点の在るイワナは親子関係だった。一見して親子である関係には理解しにくいのが、
サケ科の特徴だ。例えば、サクラマスとヤマメの場合、親子は似ていない。サケの親とサケの稚魚も同じだ。アメマスも稚魚、成魚、
降海するときの銀化、産卵のため河川に遡るときの魚体、いずれも棲息環境下における最もふさわしい姿に変身できる渓流魚といえる。
余談ながらアメマスという名称を最初に命名した、魚類学者大島正満博士の責任は重い。釣り人から言わせてもらえば、
アメマスではマスのイメージが強く、渓流に棲んでいるイワナと較べて、別の魚に思える。せめてアメイワナぐらいの名称になっていたら、
一般的にも親しみやすくなって誤解のない、イワナ像が出来あがっていた。
【河川型のオショロコマ】
北海道を世界における南限地の魚。イワナとは別種であり、
オショロコマは冷寒渓流を棲息地としている。主に大雪山、知床の渓谷にねぐらがある。
【北海道支流安部志内川のアメマス釣り】
この川も自然河川で、アメマス及びサクラマスの遡上が認められる。
【北海道遠征釣行におけるアメマスの釣果】
このアメマスはダム湖出現で降海することができなくなり、河川で暮らしている魚。
【滝上(魚止滝)に放流されたイワナ】
山を生活の糧として活躍したマタギたちによって、滝上(魚止滝)に放流されたイワナ。
アメマスにある白点にかえて、ダイダイ色の朱点が体側にある。
【魚型が素晴らしい大型イワナ】
釣り人にとっては羨望の40cmクラスの大物。滝をいくつか越えた、
北アルプスアイサワ谷源流の魚。

【新潟県越後山地、笠堀川源流のイワナ釣り】
この地は渓流釣りのメッカ、名も知らない釣り人か山人による源流イワナを移殖放流で釣り場が拡大している。

【本州最深部渓流の魚止滝】
本州最深部渓流のひとつ、黒谷川(福島県只見町)を源頭まで遡ると出現する魚止滝。