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巨樹紀行
【2006年02月03日更新】

(1)縄文杉 <鹿児島県上屋久町>

04【樹種】
スギ

【樹齢】
7200年

【樹高】
25.3m

【幹周り】
16.4m

【所在地】
鹿児島県熊毛郡上屋久町下屋久営林署管内

指定
・屋久島原始林として国指定天然記念物
・世界遺産。


■巨樹の王様
さほど上手ではないイワナ釣りの合間に、森を良く歩いた。 特に、落葉広葉樹林と針葉樹が混生する森林が好き だ。
私の山行スタイルがサバイバルであるから、三度の腹ごしらえは山の幸を利用することになる。幸い、ブナ林であれば山菜、木の実、 きのこがありオカズにありつける。更に、グリーンシャワー効果は大きく、ろくでもない山乞食(やまこじき、あるいは、さんこつじき: 修行中の意)の身体をリフレッシュしてくれる。"ブナこそ我が命"と内心ほくそ笑む満足そうな自分自身がいた。
一月の或る日、鹿児島からフェリーで四時間、落人庭山(開国前の農民スタイル)と山乞食は屋久島にいた。「たいしたこはあるまい」 「やかいものの杉のくせに」「一丁前に世界遺産になりやがって」スギにたいする山乞食の反発は純情ではない。
「ひと月に35日ふる」雨のたとえ通り、うんざりする雨模様をついて紀元杉、万代杉、川上杉、翁杉、母子杉、仏陀杉をみた。 いずれも推定樹齢2000年~3000年クラスの巨木。ブナの寿命が約300年だから、奴等はとてつもない歳月を生き続けていたことになる。 「ウーム!!」アホを地でいく山乞食に変化が起こる。  


01九洲山地の山々を凌ぐ、1935m宮之浦岳を主峰に、1000mを超える30座の山岳から成る、 花崗岩連邦が連なる屋久島、海上アルプスといわれている所以はこのあたりにありそうだ。
年間9000ミリ以上の降雨は主稜、支稜の表土を削り去りながら、急峻な渓谷を侵食し疾走する。その山岳地にへばりついているのが、 全島を覆う標高560~1850m地帯に、屋久杉は自生分布している。
※右写真:九州最南端、佐多岬から60km.余り、太平洋に突き出た島が屋久島である。 九州一の高峰「宮ノ浦岳(1935m.)」から成り、海上アルプスの名にふさわしい山岳部を構成し、 年間10000mmの雨が一気に山頂から海へと駆け下る多雨地帯に、全山屋久杉に覆われた島国を豊かに導く。


内地の杉なら100年で建築材に使える。しかし、屋久杉の100年は自分の腕ぐらいにしか育たず、 いかに山地が貧栄養化された山なのだと理解できる。さきほど触れた通り、日本最大級の降雨が急峻な山岳帯稜線を駆け下るゆえに、 植物の成長を阻害する。それらを裏付ける超小型のヤクジカ、ヤクザルの姿態からも明らかな証拠である。 屋久島の樹下植物は天上を覆う杉の影響をまともに受けて、順調な生育はままならず、動物たちにとって決して良い環境とはいえない。

 02
余談ながら、屋久杉といえるのは樹齢1000年以上のスギを指し、1000年未満のスギは小杉と呼んでいることから、 当地のスケールは懸かり知れないものがある。更に驚いたのは杉が光を吸収する"闇"の存在がある。 落人と山乞食のねぐらは林の中に駐車したマイカーである。当然、車中での自炊、夕方は明るいが夜半になると、山全体がシーンとなり、 もの音ひとつしない静寂境に変身してしまう。「ここは地獄の一丁目か?」一寸先も見えぬ暗黒に、 "黒世界は本当に黒いのだ"という認識を初めて体験できた。
※上写真:原生の森に照葉樹林が茂り、屋久杉と混生している。森林帯にはヤクザル、 ヤクシカが生息し、野生の息遣いを垣間見ることができる。


落人が持参したソニー製携帯ラジオはFM・AM・短波がはいる。電器販売店で9000円で買った特価品ではあるが、なかなか感度良好である。 釣行、山行を問わず行楽のときには常に持ち歩いている。オン・オフが手元で操作できるから、山乞食のカーラジオより優れている。 そのラジオの音声は巨人・阪神線の思いで話しを中継している。耳からの情報はテレビと異なり、相手と話しながら会話ができるから都合が良く、 早速NHKの天気情報へとチュウニングしてもらう。どうやら明日は晴天、期待の老巨樹との対面になりそうだ。
今西錦司が渓流魚の棲まない屋久島の河川にヤマメを放流、唯一定着した渓谷が安房川と聞き及んでいる。案の定、 歩き始めた川にヤマメは泳いでいる。永久禁漁区ゆえに悠然としている。九洲出身の古い友人から、「屋久は良いとこだよ、 川にヤマメがウヨウヨいる。ヤクシャクナゲが咲く6月が最高」彼の言葉はまやかしではなく、ヤマメは確かにいたが、細身で数はすくなかった。


03現役のトロッコ列車がやって来る。おそらく日本最後のミニ貨物列車であろう。老大木(古埋木、 秀吉時代に伐採放置された杉を民芸品として復活)を一列車一本づつ載せて、三連結列車をブレーキひとつで操る、 先頭の運転手は屋久営林署と名のあるヘルメットを被り、首にタオルをまいている50がらみの男ながら、かなり場慣れしている。 それにしても、不安定極まりない犬クギで止めただけの、細いレールの上をかなりのスピードで走っているのには、驚くばかりだ。 これでは事故が発生しないのかと…。
※上写真:本土最多雨に眠る「屋久杉埋没林」急降下する流水、 屋久杉の樹脂の作用で腐りにくく、数百年の歳月を経る現在、民芸品として復活した。


吸収性のない板敷き森林軌道歩きの登山道は膝の関節に悪い。登山靴がようやく役立つ大株歩道から、本格的な山道になる。ヤクジカの「フィー」 という警戒声らしい鳴き声に耳を傾けながら、落人と山乞食のデコボココンビはひたすら上を目指す。
「さすがは屋久島だ」いたるところに天水が湧きあふれ、水筒不要の道中は有り難い。
「うめい」田舎なまりの山乞食が涌き水を飲みながら、相方の落人に告げる。すると、「おいしい」サラブレッド気取り(落人は競馬ファン) の優等生らしい返事が返ってくる。
まさにこの地は異国そのものだ。全山スギに囲まれている。杉の雄と言いたい屋久杉の逞しさ、不思議なくらい尊厳に満ちた趣がある。 それは慣れ親しんでいたブナ帯世界とは正反対の"スギ帯世界"のようである。両者を掌握できて、 始めて一丁前に山語りができるのではないかと…・。
昨日から続いた雨が山上では雪になり、先行する登山者は一人もいない。加えて、ガスが立ち込み始め、老樹への道を閉ざそうとしていた。
「山を甘く見た」落人も山乞食も同じ考えだが、けして言葉に現さない。一応、登山経験は豊富であるから、 雪面のやや低い登山道らしき雪道を進む。日当たりの良い場所は山道があいているので助かる。
木霊神社を奉る祠を安置したウイルゾン株に到着。屋久島最大の切り株は豊臣秀吉が方広寺大仏殿建立のため、 400年前に伐採したと伝わる切り株だ。中に入ると、八畳敷ぐらいの広さがあり、清水が懇々とあふれ出ている。 そこで遅い朝飯用のパンを食う。幸い、陽があたり、心地よいのが唯一のなぐさめである。
ザクザクからズボズボに変わる、昨夜の積雪に閉口する。ルートを確かめながらトレースするのだが登山道が雪で隠され、 予定外の時間を費やし大王杉のある1190m地点につく。老樹新発見まで束の間の王者杉で、3000年間にわたる時間が経過した証拠として、 樹木の内部空洞化がその歴史を証明しているようだ。
「残るは老大樹」二人は想像以外のラッセルに悩みながら、ピッチを上げる。気の毒なのが落人、この日のためにペンタックス6×7、三脚、 デジカメ、防水35カメラ、キャノンF1、EPIガス器具、コッヘル、スペア水2リットル、薬品、きがえ、 予備食料など20キロ近いザックが重そうだ。カメラマンと自認するのに充分だが、中型カメラ6×7の予備電池1000円をけちったから、 シャターが切れない。思わぬ寒冷に襲われたため、バッテリーがなくなり苦戦。それでも、高画質写真を収めるつもりらしく、 三脚の上に6×7を載せ、シャターが開放のままになっているのを必死に閉じようとして、愛用の木の楊枝 (落人はポッケトに使いかけの楊枝を忍ばせている)でカメラ側にある開放防止穴に急いで押そうとしているのだが、生憎、 老眼鏡を車に置き忘れ、目をできるかぎり細くし、額に四本のシワをつけながら、なんとかしようと努力している。 この間にフイルムは露光され続けているは確実である。山乞食とて人の子、 かつてはペンタックス6×7をフル回転させ粗大ゴミの山を築きあげた苦い経験があり、頭に血がのぼりつめている落人に、 一言アドバイスしたくなった。
「露出を絞って、1、2、3のタイミングでレンズに蓋をすれば何とか救える」困り果てている落人にいったら、「そんなのできない」 とブツブツ文句をほざいた。山乞食としても、落人がいったことは判っていた。落人のフイルムは写真のプロが認める、 世界最高画質をセールスポイントにした"ベルビア"なのだ。実行感度40(ISO)のリバーサルフイルム、そのラチチュード (適性露出の許容範囲)はプラス・マイナス三分の一、とても感では話しにもならない。山乞食からの親心のつもりで 「ここまで良く頑張ってきた」、その御礼かたがた同情をこめていってやったのだが…・。
大王杉から積雪は次第に深くなる。すでに山乞食の登山靴はゴロー製手縫いの職人技にもかかわらず、手入れが充分行き届かなくて、 靴下までビショビショになり、足裏から寒さが伝わる。それに対して、落人の靴はまめの手入れのせいで、なにごともないらしい。 靴下はネオプレンソックス、暖かすぎて困る。こんな贅沢三昧。じつにうらやましい限りだ。この点では落人の勝ち、 けれどもカメラの失敗はどういいわけしてもだめである。
「くそカメラの野郎」相変わらず文句を言い続ける落人の心情が痛いほど分かる。24枚撮りプロパック(五本入り)を奮発し購入したのだから… ・。落人と山乞食のくだらない会話に、山の神様もあきれてしまったように曇天だ。それが今にも凍りつきそうな足の痛さを忘れさせてくれた。
「もう限界だ」そのとき、とてつもない巨樹が目の前に現れる。一瞬、山乞食の歩みは停まる。



05 「神様がそこにいた」神様は縄文杉である。現実の老大木は標高1300mに鎮座し、 大日如来のように思えた。それは十数種の木々を着生させ、7200年の歳月を費やし、 子供とも大人ともいえる慈悲深い"曼陀羅"そのもので安心して一方的な会話ができた。
※左写真:幹周り16m、樹齢7200年、標高1300m.の山地に鎮座している「縄文杉」 日本最古木であることは万人が認めている。歩行約5時間、この大杉を目の前で見参すれば、屋久島のすべてが一本の樹木に凝縮されている。
夢心地からさめ、現実にかえれば、落人の悪戦苦闘があった。必死になりながら鉄の塊に再挑戦中、山乞食も落人に負けまいとシャターを切る。 これまでに、神様を撮った写真家は多々いる。しかし、どれもこれも本物を捉えることはできず、落第としか言いようがない。 現実の縄文杉と写真の縄文杉とでは、生と死の問題があって、マンダラを撮るには神様になった、土門拳を天国から呼び起こし、 神様同士で世間話しをしながら、縄文杉の笑い顔を見逃すことなく、その瞬間のシャターチャンスを撮る以外ない。なぜ、 土門拳でなければ撮れない理由は、生前の屋久島行脚の際、万代杉を撮影したワンカットをカメラ雑誌に掲載、 おそらく4×5大型カメラを使ったのであろう、見事に万代杉を表現していた.土門拳の真剣勝負が万代杉に乗り移り、万代杉の命、 目には現れない血脈を写した一枚の写真があった。言い換えれば、万代杉から写真を撮ることを許可したのではないかと想像してしまう。 さらに言えば、万代杉から、こんな風に撮ってほしいと頼まれたのかも知れない。
落人も然り、山乞食も然り、動けば動くほど地獄の坩堝に一直線に突き落とされる。それでも、 諦めきれずにカメラと縄文杉との格闘は続けられていた。
神様は黙ったまま何も言わずにいる。
神様との再会は可能であろうか。もし会えたら、神様の言葉を聞きたいと山乞食は願いながら縄文杉に背をむけ、 落人庭山のセミプロ写真家としての撮影努力を無駄にならないことを信じて、二人は巨樹と別れた。




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