歴代のイワナ職漁師のなかで、純粋にイワナ一筋に賭けた山人は何人いたのだろうか・・・。
北アルプス黒部川を根城に活躍した遠山品衛ヱ門こそ、イワナ職漁師のプロである。そのイワナ釣りを引き継ぎ、黒部川平の小屋
(黒部第四ダム出現前の小屋)付近の本流で毛バリ釣りをやった、曽根原文平に大町で会った。突然の訪問にも関わらずイワナ談義に終始したが、
職業としてのイワナ釣りは苦労の連続であった事実だけが印象に残る。
若かりし頃、イワナ釣りが好きで魚を温泉旅館に売り歩きながら、渓流シーズンを北から南へ移動する旅を三年半ばまでやったことがある。
その最中にイワナの職漁師たる心得を 知った。
※写真:イワナの豊庫である北海道・日高山脈ペテカリ沢
イワナのプロになれば魚は思うように釣ることができる技が身につく。同じ時間でアマの三倍ぐらいの釣果を上げることが出来た。
イワナプロとしての体力こそ水揚げをあげる最大の武器になる。
職業としてイワナ釣りを歩むには塩焼きサイズ、7~8寸の中型魚を限られた時間に手回し良く揃えなければ商売にならない。大型魚、
小型魚は使いものにはならないから、売り頃のイワナを釣ることになる。
イワナという魚を釣るには食い気の立つ時間に全神経を注ぎ、無駄な時間をいかに少なくするかがポイントなのだ。
腕と体力が備わると一応プロらしくなる。けれども魚をイワナらしく、客に届ける技術が必要で、さまざまな工夫を凝らすことになる。
例えば背負い箱を自作したり、青笹を入れたり、新聞紙で包む。いすれもイワナの鮮度を保つ努力が当然求められる。
客の注文に応じられるようになると、釣欲は最高になる。釣行地におけるイワナの型、数は出発前に予想がつく。つまり、
天然の魚を決められた数だけ釣りをする、単純作業の繰りかえしになるのがプロの釣りである。
イワナ釣りにおける一連の行為のなかで、"イワナ鳴き"を経験した釣り人の受け止め方は様々であろう。イワナ鳴きとは魚の鮮度を保つ理由で、
野絞めをする際、「グゥー」あるいは「ギャー」こんなイワナの声である。この声を聞く度にイワナ釣りがむなしくなり、
イワナ職漁師の看板をおろした。
「まんま食う」こんな念力で魚を釣ったことがないから、先人の職漁師から「植野は甘い」こんな声が聞こえる気がする。しかし、
イワナという渓流魚に人生の大半を捧げた結果、イワナに対して、わずかながら接近できた魚との交情感は確かにある。
それは本格的にイワナ釣りをやった釣り人にしか理解できないイワナとの"阿吽の呼吸"なのである。
イワナが朧(おぼろ)にみえてきた今日、「イワナが良く分かったら、またいらしゃい」唯一の師匠、阿部武との別れ際の言葉に対して要約、
返答する時期がやってきたような気がする……。
標高2500mの高所にも棲息可能な、渓流の主「イワナ」

天下の各渓、黒部川上の庵下付近。

心・技・体が揃うとイワナ釣りは完成への里程標となる。